| 法律情報サービスの果たす重要な役割 ――自己統治の基礎を確立するために―― 全3回 |
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| 第2回 弁護士広告解禁の持つ意味を思う 弁護士 牧野 二郎
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| 3月24日弁護士広告解禁が決議された。苦渋の選択といっていい。 中には、もろ手をあげて歓迎する向きもあるが、良心的弁護士の多くは、戸惑いつつ、そして恐れを抱きつつ、解禁に踏み切ることに賛意を示したに過ぎない。執行部のどちらかといえば薄っぺらな推進意見と、正論ともいうべき「広報重視論」の立場からの反対論は大きな共感を呼んだ。 共感を呼びつつも、多数とはならなかったのは、弁護士の置かれている限界のありようによる。これ以上待てないという意見が多数を占める結果 となったわけである。広報といった、正論ではあるものの、会内合意という緩慢とした決定と、効き目の遅い対処療法では現状が打開できない、というのが厳しい現実だ。広告をしないくてもいいのだ、というのは余裕のある立場で言えることだろう。多くの弁護士は、瀬戸際まできている。その認識が鮮明なのだ。 弁護士広告が解禁されて、われわれの業界は果たしてどのように変身していくのか。最悪の予想は、価格競争と経済主義・効率主義弁護士の跋扈(ばっこ)である。そして、明るい予想は、活気ある弁護士群の発生と多様な活動の姿である。 弁護士の姿がどう変わるのか。 弁護士が自ら変わろうとしているのは事実だが、その方向の評価、病理現象の可否は市民にゆだねるほかない。市民がこの変化を受け入れるのか、批判するのか。市民のためになる変化であれば評価され、そうでなければ否定され、さらなる変換を要求されるだけである。視点は市民にある。弁護士が、その良し悪しを決める問題ではない。今回の解禁決議は市民への提案だと考えるべきだろう。市民への提案が、肯定されるのか、否定されるのか、それが問われているのである。 一人一人の弁護士が、市民の厳しい評価の前にさらされるということ。この厳しさに本当に耐えて、評価されてこそ、必要な弁護士だといえる。すべてを市民にゆだねよう。そして、その決断を、真摯に受けとめる決意をすることにしよう。われわれは、市民に対して誠意を持って、われわれの力量 や技、そしてさまざまな情報を提供することにしよう。それが、弁護士の思いを形にすることだと思うのだ。 |
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