| 医療訴訟レポート 全6回 竹中 郁夫(もなみ法律事務所 弁護士・医師) |
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| 医療訴訟レポート 第5回 医療訴訟これからの風景 竹中 郁夫(もなみ法律事務所 弁護士・医師)
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| 医療事故の報道が連日のようになされている。今までひた隠しに出来ていたものが情報社会化や内部告発をいとわない社会になり露見するようになっただけと言ううがった見方もある。先般、米国のクリントン大統領の諮問に対して米国科学アカデミーは医療過誤によって年間少なくとも四万四千人、最大九万八千人の患者が死亡している可能性があると報告している。薬剤の誤飲に至るまで細密なフォローで調べ上げた調査である。日本と米国の人口比、危機管理や問題対策のレベルを勘案すれば、日本でも少なくとも二、三万人以上の死亡者はいるものと推測される。交通事故死の二倍、三倍の値である。ところで、医療行為にまつわる不良結果については、医療紛争、医療事故、医療過誤と主として三通りの表現が取られる。患者側は医療事故、医療過誤という有責ニュアンスの表現を好む。逆に医療側は医療紛争という言葉でまとめたがる。無責、あるいは少なくともニュートラルな表現にとどめたいという気持ちが出ている。既に、出来事の表現から既に対立構造が反映されている。いずれにせよ、この三者を数学のベン図で表現すれば、法的に問責されるのは医療紛争と医療過誤が重なる領域のみとなる。仮に医療事故、医療過誤が生じても患者側が気付かず、あるいは泣き寝入りして提訴に及ばなければ、法律の土俵の外である。しばしば使われる氷山の一角という表現は、このような事情による。 平成元年の一般民事通常事件の新受件数は一一万九七〇件で、うち医療訴訟の新受件数は三五二件であった。平成九年の一般民事事件の新受件数は一四万六五八八件で、うち医療訴訟の件数は五九五件、翌年は六百件を越えた。医療事件のここ十年での伸び率は一般事件の約二倍の勢いで、絶対値も倍増に近い。しかし、これでも既に述べた事故の発生率などに比べれば、まだまだ低い。これはひとり私の感想だけでなく、二〇年余り医療訴訟を扱った経験のあるベテラン裁判官のコメントでもあった。今後、医療訴訟の件数は増加することはあっても減少することはないものと予想される。患者はパフォーマンスのしっかりした病院や医師を選び、医療者は自己研鑚を怠らず、常に医療過誤の可能性を小さくしていくほかない。ちなみに、ハインリッヒの法則という有名な経験則がある。ハインリッヒというのは米国の労災保険会社の研究部長氏の名前である。氏は、五十万件以上の労働災害事例について統計的に調べてみた。そうすると、重傷が約一七〇〇件、軽傷約四万九千件、これに対して危うく傷害を免れたものが約五十万件あったことが判明した。これを比率で表すと、重傷一に対して、軽傷二九、危険三百ということになる。ひとつ重大な医療事故があれば、三十件近い軽微な事故があり、ニアミスは三百件近くあると推測される。最近は、「ヒヤリ」「ハット」勉強会というような事故防止の院内研修なども行われるようになってきた。 現在の医療訴訟は、既に指摘してきたように原告(予備軍)の血のにじむような努力に、被告の力任せのガチンコ相撲で進んで行く風景である。実は被告も権威主義に安穏とできるわけでもなく、実は戦々恐々としている。被告の代理人になってみると医療訴訟の被告になること自体、非常にいやなものだということが分かる。訴訟が片付くまでいつも頭にシトシト、ザーザー雨が降っている雰囲気だという。原告、被告ともに誰がすき好んでまな板の鯉になりたいか。双方の代理人もまた実は辟易している。原告代理人は大学生の家庭教師程度のフィーでペイしない、被告は病院・医師が一応エスタブリッシュメントで医師賠償責任保険もあって経済的にはさほど困らないものの、被告の代理人になっても別に他の訴訟に比べて効率が良いわけでもない。善意で診療した依頼者が、人殺し、能無しのごとく論難され、時代の風潮に抗して何とか弁護し終えても、長時間の評価はさほど高いものでない(一般に損保会社のフィーは低い)。経常的に顧問料でも入ってこなければやってられない。さらに、裁判所が最も難儀なのだ。専門家領域の訴訟を、その領域において素人に過ぎない裁判官が取り仕切るのは非常に大変だ。そうなると、どうしても腰を引いて、十分に主張、十分に立証をという話になる。十分に、慎重に審理すること自体は悪くはない。しかし、一般事件の大半が半年、一年、せいぜい二年で判決が出る中で、医療訴訟は一年たっても五月雨に主張や書証を交換し、少なくとも二年、三年、長ければ五年、一〇年してやっと一審判決が出る。そんな姿はやはり異常と言わざるを得ない。このような現状を最高裁もよろしくないと見たのであろう。医療訴訟をはじめとする専門家訴訟の審理迅速化について、実務家の研究プロジェクトを立ち上げた。従来から鑑定の引き受けについてネックが言われている。専門家は自分の仕事をこなすこと自体が精一杯である。それに加えて党派問題がある。確かに偏頗な鑑定はなくはない。しかし、鑑定は判決に似る。鑑定は構造的に偏頗と認知される性質を持っているのだ。不利益な見立てをされた側は根ほり葉ほり「偏頗な」鑑定者を尋問する。学的水準に反しどちらかに荷担するという意味での偏頗さを持たない鑑定も、両当事者の対立の下では偏頗のレッテルを免れない。厳しい吊るし上げに、次回はもう鑑定を引き受けたくないとおっしゃる専門家が少なくない。かといって、拙速、十分な反対尋問を許さない医療訴訟は、党派的な訴訟、偏頗な判決のそしりを免れないだろう。裁判制度の信用にかかわる。これはひとり医療訴訟の問題でなく、司法改革問題の全体に言えることだ。解決されるべき問題は、最高裁が乗り出しても山積している。 |
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| 竹中 郁夫(もなみ法律事務所 弁護士・医師) 〒005-0812 札幌市南区川沿12条5丁目1-11 TEL/FAX 011-572-6284 HP「医療と法律の談話室」http://www.aurora-net.or.jp/~dns05127 |
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