| 医療訴訟レポート 全6回 竹中 郁夫(もなみ法律事務所 弁護士・医師) |
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| 医療訴訟レポート 第1回 余はいかにして医師兼弁護士となりしか 竹中 郁夫(もなみ法律事務所 弁護士・医師)
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| 若者のとんでもない犯罪が耳目を驚かしている。私が十七歳の頃はどうだったか。団塊の世代を少し下からながめる青年も、今の若者と同様に生き難さを十分に感じていた。目指すべき学園は、既に学生運動も退潮し一見静穏な学びの場に復旧していた。人間嫌いで社会適応に自信を持てない青年は、心理学にいう反動形成の道を目指したようだ。眼前には人間的学問の雄、実学の老舗、医学と法律学があった。人間や社会になじめないならば当たって砕けろ、プディングの味は食べてみなければわからない。法律学を選んだのは人間関係や社会の在り様を知るには社会科学が望ましいだろうと考えたからだ。法学部に入学し将来を考えた。法律家は悪しき隣人と揶揄される。法律を駆使して世を渡れる身となれば、隣人には喜ばれなくとも、社会不適応の予期不安は超克可能となるだろう。こう考えて平凡な自意識過剰青年は、多くの法学徒と同じく司法試験に挑戦する。短答試験で門前払いが続いた。理由は簡単である。繁文縟礼、概念法学、実務家の卵ならば耐えるべき修行を放り出して、法哲学や法社会学の本ばかり読んでいた。こんなミスマッチで門戸を開くほど司法試験は甘くない。そのうち就職をいかにするか、尻に火がついてきた。石油ショックの余波で公務員志望の同級生が躓いて自裁した。ままよ、私はリシャッフル作戦で一度選び損ねた医学の門前に退避し何とか難を逃れた。幸運にも、法律家の卵にもなり得ない幼弱さが効を奏したのか、私は医学生として再出発することとなった。 医学生は職業教育を手取り足取り叩き込まれる。法学徒のように哲学書などを下宿で読みふけるという生活は許されない。骨の名前を二〇〇覚え、筋肉や神経の走行をカーナビのように追い続け、生理と病理と臨牀と瞬く間に六年間は過ぎ去った。ここで青年は、無為徒食暦一〇年の二十八歳の成人に変態していた。最近は医学教育でも他学部卒業生を特別 に募集したりと学際的な発想を尊重するようになってきているが、一昔前の医学部は純潔思想が強かった。若い何にも擦れていない研修医を体育会系の乗りで鍛えていく。医師の世界はしばしばギルドと呼ばれるが、親方にびしびししごかれて一人前の職人になるという世界である。このような純粋培養の世界に、なまかじりに法律学を学んできた私の経歴は適合的ではなかった。私が医師になった二〇年足らず前は、今のようにインフォームドコンセントであるとか、患者の自己決定権という言葉が市民権を得てはいなかった。しかし、私は法学生のころから自分の興味で医事法学書などを読み、このような医療者のフリーハンドをたしなめる言葉に親しみを持っていた。更に、私が医師の出発として選んだ科が麻酔科だったこともある。手術によって、逆に命を縮める例を結構目にする。外科医は山のような犠牲者の上に、名医の地位 を築くと言われていた。どうも教科書と違うぞ。 このようなジレンマに悩むうちに、私の心に芽生えたのは既に消えていたはずの法律実務家への志であった。後に法律家になってみれば法曹界への幻想も雲散霧消するのだが、法律家に再チャレンジを決意した十年足らず前には、山のあなたの空遠く法曹界への思い入れも強かった。四十を前にしての(再)手習いにはそれなりの思いがなくては成就はままならない。医師と弁護士のダブルライセンサーになれば、医療の現場で感じる矛盾のほんの少しでも改善することが出来るかもしれない。そういった思いと、このまま腐った気持ちのままで職業生活をこなしていくだけの人生はいやだという気持ちが、私の背中を押した。妻も子供も決して心穏やかであったわけではなかろうが、一緒に背中を押してくれた。ほまちで飢え切ってしまわないタイムリミットの三年余で何とか司法試験に合格した。 私は弁護士になって今年で四年目になる。法律家の世界も少しは見えてきた。医者も現場を離れれば空気が読めなくなる。医療と法律のはざまに起こる出来事をフィールドワークすることを自分の課題としている私は、二足のわらじを履き続けている。詳細は回を改めて書く予定にしているが、専門家の世界も現在大きな曲がり角に来ている。 ひとつは、専門家ギルドの存在そのものへの懐疑である。専門職が存り立つために、プロの集団(ギルド)の存在そのものは常に肯定的に評価されてきた。専門知識、専門技術の継承、プロ意識の涵養のためには、自律的でしっかりした専門家集団を構築することが大切である。現在もそのこと自体は否定されていない。しかし、市民だけでなく、専門家自身からも、そのような発想が、閉鎖的で、かばい合いの、既得利権擁護に偏る副作用を発現し、かえって所期の目的に反することにもなっているとの批判が噴出している。今や専門家集団のきれいな目的論も、日本の悪弊タコツボ社会批判を免れることが出来なくなってきている。情報公開、開かれた職能集団、医療を断罪する弁護士も自らの解剖を迫られている。もうひとつは、大競争時代、国際化の時代である。そこそこにやっていれば、そこそこの成果 が得られる。そのような前提が崩れてきた。インターネットをはじめとするIT革命は、クライアントたちを囲い込み、適当な利潤を確保するような微温的なやり方を許さない。厳しい価格競争、契約条件、成果 の発揮を要求する。また、国際的に労働力単価の高い日本の労働価格崩壊は、専門家のフィーをも域外に置かない。しかも医師は毎年一万人近く新人が輩出され、弁護士も千人を二千、いや万にすらせよという議論が喧しい。既にライセンスだけで世を渡って行ける時代は終わった。私がこう気付いたのは悲しい哉やっと医師兼弁護士になってからである。さてこれから何処へ彷徨うべきだろうか。 |
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| 竹中 郁夫(もなみ法律事務所 弁護士・医師) 〒005-0812 札幌市南区川沿12条5丁目1-11 TEL/FAX 011-572-6284 HP「医療と法律の談話室」http://www.aurora-net.or.jp/~dns05127 |
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略 歴
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