ジャーナル


アメリカロースクール日記 全14回
岡本亜紀子(American University, Washington College of Law, LL.M. 在学中)
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第12回「諦めさえしなければ、だいじょうぶ」
「諦めさえしなければ、だいじょうぶ」台湾出身、SJDコースのクワンリーは、そういって布袋さんを思わせるいつものにこやかな笑顔で私を励ましてくれた。

 法律事務所への就職が反故になってから(第11回参照)しばらくはだれとも口も聞けずにふさいでいた私も、しばらくすると今度はまわりの人をつかまえては、この就職失敗談をネタに話しこむようになった。私としてはそうすることによって、心の整理をしていたのであるが、ロースクールのその他の学生にとっても就職は最大の関心事であるため、みな単なる同情からだけでなく、自分自身の就職活動と比較しながら熱心に耳を傾けてくれた。

 ニューヨーク、ペンタゴン同時テロ事件後、アメリカも日本に劣らず、就職難となった。最初は、自分の惨状を聞いてもらうつもりが、実際はほとんどの人が就職には苦労しているらしく、ときには私が聞く側にまわることもあった。また、そのなかの数人から「アキコは、それでも面接までこぎつけて、一時的にでも就職ができそうになっただけ、ずっとましよ」と真剣にいわれたのには驚いてしまった。事実、JD、LL.M.を含むロースクールの学生が、平均的に100通近くの履歴書を法律事務所その他に送り、そのなかの1桁数の事務所から面接の申し出があれば、いいほうらしい。1つも面接までこぎつけられなくても珍しくない、とも聞いた。

 そんななか、LL.M.コースを終えたあと、SJDコースへの進学を決めていたクワンリーに、この「もちネタ」である就職失敗談を話したのは、彼が外国人学生でありながら、数軒のアメリカの法律事務所に籍をおき、すでに実務を経験している優秀な「先輩」であったからでもあるが、彼の「お兄さん」的性格によるところが大きかったと思う。

 その彼が現在履修しているSJDコースというのは、Scientiae Juridicae Doctor (Doctor of Juridical Science)というラテン語の略で、JD、LL.M.をそれぞれ優秀な成績で修了したものが最終的に行く、いわゆるロースクールにおける博士課程のことをいう。実務者養成を主要な使命としているアメリカのロースクールにおいて、SJDコースはいわゆる学術的色彩が強く、そこを修了したあとは、学者になるのが一般だといわれる。

 つまりクワンリーはその生まれついての「世話好き」な性格にくわえて、学業面でもみなの「お兄さん」であったわけだ。

 私がひととおり話し終えたあと、クワンリーはさしてその穏やかな表情を変えることもなく、「諦めさえしなければ、だいじょうぶ。望みはいつだって巡ってくるよ。姉の癌のことだって僕は諦めてないよ」と話し始めた。

 そのとき彼のお姉さん(37歳)は体の不調を訴え始めて半年後、3人目の医者に「末期癌告知」をされたばかりだったという。就職話を1ヶ月間待たされた挙句、反故にされ、「人生の1ヶ月を無駄にした」と息巻いていた私に、彼は「姉に比べたら、たいしたことないよ」といってその話をしてくれた。

 自分のお姉さんの死活問題を持ち出してまで、同級生を励ます彼の「お兄さん」度合いには、舌を巻く以外に手立てはなかったけれど、その彼も、私にそれを話すことで心を整理し、お姉さんの病気にたいする不屈の意志を誓っていたのかもしれない。

「たしかに、たいしたことない」そう思ったら、ふっと気持ちが明るくなった気がした。またしても、クワンリーにはお世話になってしまったようだ。
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